つよい理論

つよい理論は保護しなくても生き残りますが、よわい理論はすぐ死んでしまうので保護してあげる必要があります。知らんけど。

 

たまに考える。世の中にはよわい理論とつよい理論がある。いや、これは勝手に言ってるだけだけど。このつよい理論というのは議論として賛成してくれる人が多い理論という意味での強いという概念とは違う。例えば、「自殺はよくない」、「人は見た目より中身」、「多様性を認め、各個人の考え方は尊重されるべき」という理論は賛成されるべき考え方であって、議論において強いのだけれども、今回のそれとは異なる。この中で、比較的弱い論理は「多様性を認め、各個人の考えは尊重されるべき」である。

 

この「多様性を認め、各個人の考え方は尊重されるべき」の対立として考えられるのは「正しい考え方が存在し、画一的思想に統一されるべき」などであると思う。そして、この後者の思想そのものが尊重されるべき各個人の思想である。よって、前者の理論は後者の理論と殴り合うと相対的に弱い。

 

世の中見渡してみると、このよわい論理が結構溢れてるのだ。そして、このよわい論理は大抵なにかに保護されている。それは倫理的な正しさだとか、強者にとって都合のいいだとか、多数派の考え方だとか。

 

まぁ、こんなことは考えつつも、自分が支持したい論理は別にこういう強さとか正しさとは必ずしも関係なかったりする。よわい論理、つよい論理そんなのひとの勝手、自分の好きな論理で頑張るべき。いや、頑張らんでいいけど。