言葉輪廻

人は忘れ去られたとき、本当の死を迎えると誰かが言っていた。言葉どうだろう。

 

フォトジェニックという言葉が最近よく見る。例えば、かわいいパンケーキ、綺麗なイルミネーション、あるいはバカ盛りのラーメンをに撮ってSNSにあげる。それにひわだみんながいいねつける。そんな写真映えするものやイベントをフォトジェニックだというそうだ。SNSの文化、いいねの文化が生んだ現代の新語である。

 

いや、実際にはそうではない。

正確に言うとそれだけではない。

 このフォトジェニックという言葉は確かに新しい言葉だが少なくともSNSなどの新語に比べると齢100歳近い大先輩だったりするのだ。

しかし、現在のフォトジェニックという単語はSNSとセットの要素が大きい。ある意味ではフォトジェニックという単語は生まれ変わったのだ。昔のフォトジェニックさんはもういない。

 

インターネットは情報を保存する機能がある。辞書もそうだが辞書に乗らないような瑣末な言葉でさえ、誰でもすぐさま意味を調べることができる時代だ。ポケベルだろうと、一発屋芸人のギャグだろうと、時代の流行語だろうと忘れ去られることは難しい。この時代、本当の意味で死語は存在しない。

 

しかし、同時にインターネットは情報を常に書き換え続ける。紙の辞書とは異なり、インターネットはどんな些細な情報も無限に溜め込むかわりに常に情報を書き換え続けていく。古い言葉をしらべるのは簡単だ。しかし、上書きされた言葉の古い意味を調べるは難しい。昔の言葉の意味が書き変えられることで、やっと古い言葉は忘れ去られることができる。

言葉は生まれ変わり終わってやっと死ねるのかもしれない。